黄昏ミュージックvol.89  ホワイ・ダズ/ロニ・カスピ

 ドラマーで編曲家、作曲家はそこそこいる。
 同様の本籍で女流S.S.W.と云うとそうそう名前が出てこないが、かのアヴィシャイ・コーエン・トリオで変拍子ブリブリの手練れドラマーが、実はもう一つの異なる人格を有していたのだ。
 その楽曲群はルイス・コールをはじめとするLA周辺のアーティストとの互換性を感じさせるが、6曲入り傑作EPの中でも本作だけは、1975年頃のプログレ色が施された、あのトッド・ラングレンとも互換している様に聴こえるのは筆者だけだろうか?必聴!(se)

Sohmei Endoh Exhibition [極東画:香港編 〜国安法なき幻影の街〜]

Produced by アダンファーム

期間:2024,6/3(Mon.)〜8,31(Sat.)

観覧時間:月〜金 11:00〜23:00(L.O.22:00)
     土   16:00〜24:00(L.O.22:30)
     日曜休み
観覧料/ワンオーダーが必要になります。

展示内容/最新シリーズ[極東画:香港編]よりジークレー版画12点、 [Us&Them]より限定ポスター6点(エディションナンバー10点)
※全作品初の展示となります。

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香港我愛你

恋する惑星で欲望の翼に乗って花の様に暮らしたあの年月は遥か彼方に過ぎ去った。
またいつかあの日の香港で会いましょう。

河内一作(アダンファーム代表、バー希望オーナー)

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 返還後ではあったが、初期ウォン・カーウァイ3部作の影響をもろに受け、重慶大廈(チョンキンマンション)見たさに出かけたのは90年代であった。脳裏と印画紙に焼き付けてきてあの街の荒い息遣いを絵筆を経由し「香港、その後」と題した作品展も開いたりもした。この時期の香港は80年代の東京を完全に凌駕するハイパー・カルチャーを有し両都市の文化の力関係はシネマ以上に歴然としていた。
 その後、香港への注視は徐々に薄れるのだが、この会場のオーナー河内一作氏のレコメンドで見たBS番組「ボクと自由と国安法と香港600時間の映像記録」。番組で見た今の当地のディストピアと私が記憶として残すユートピアを無意識下で混ぜ合わせたものが今回の展示となった。求む「Free Hong Kong!」

2024年5月 エンドウソウメイ

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エンドウソウメイ:プロフィール
静岡県沼津市生まれ。1985年よりイラストレーターを職業とし、木版画を中心に、「ウォーマット横浜」(複数年担当)、「アースデイ東京」などのイベントポスター。ザ・ミーターズ、アート・ネヴィル、ジャコ・パストリアス、ジャニス・ジョップリン、直近では人気急上昇中のカナダの女性ジャズシンガー、ケイティ・ジョージのジャケットなどワールドワイドな媒体にビジュアル提供及びデザイン担当。国内では、音楽専門誌「ミュージックマガジン」、「バットニュース」など音楽と真摯に向き合うマガジンに多数寄稿。ジャケットワークとしては、スーパー・バター・ドック、GOMA & The Jungle Rhythm Section、s-ken+PE’Z(配信用アイコン)、ダージリン(Dr.Kyon&佐橋佳幸)、Jagatara2020などミュージック・ジャンキーの試金石的ドープな音楽性を誇るアーティストのビジュアル及びデザインを担当。90年代からは前述に並行し、ライター、インタビュアーも兼ねるようになり、全編インタビュー書籍に、「いつの日かダブトランペッターと呼ばれるようになった/こだま和文」(企画、装丁画も担当)がある。DJとしての活動も1979年開始とキャリア中一番長く、90年代はレジェンダリーな都内クラブでレジデントとして多数プレイ。現在も「奥渋/バー希望」限定でその活動も継続中。また、ブッツキング・ディレクターとして、多くの音楽ライブ、トークショーの企画制作者の横顔も持つ。

黄昏ミュージックvol.88  ドリームス/ジャパニーズ・ブレックファスト

本業の絵の制作に励む日々が続いているが、今回のテーマは、「バー希望」オーナーからレコメンドしてもらったBSドキュメンタリー番組での主題であった、香港に適用された悪法、国安法で、それに関し筆者が感じた少々ポリティカルな事象を絵柄として描き起こしている。
 モチーフとして音楽関連で取り入れたのは、最期の良き香港を描いた、初期ウォン・カーウァイ作品のスーパーヒロイン、フェイ・オン。特に彼女が歌うアイルランドのバンド、クランベリーズのカバー曲「ドリームス」の劇中での印象は未だ非常に深い。
 オリジナルは言うがもがな、意外と良いカバーとして米フィラデルフィアのインディー・ロックバンド、リトル・ビッグ・リーグの紅一点のフロントウーマン、ミシェル・ザウナーによるソロ・プロジェクト、ジャパニーズ・ブレックファストのヴァージョンは外せない。
 フェイ・オンのオリジナルに擦り寄るリスペクトを込めたプロダクトに比べ、出自であるポスト・ロックが色濃く反映された荒目のエッジが心地よい。 
 さて、その辺の作品群は、6/3から始まる@奥渋/希望2Fでの展示で、いよいよ人目に触れることとなる。(se)

2024/6/22(土)2024初夏スペシャル イノウエオハナ・ライブ

OPEN:18:00
LIVE START:19:30

出演:イノウエオハナ
DJ:Sohmei Endoh

ミュージックチャージ:無料(ご飲食代金のみかかります)

イノウエオハナ/プロフィール
Kathie Inoue/Profile
2008年 Keni Inoue”Guitar Oasis”の全国ツアーに参加。2009年 Kathie & Keni Inoueとして”Aloha Yokohama Festival”に出演。新ユニット”INOUE OHANA”のレコーディングをKeni Inoueと共にハワイ島のSea West Recording Studioでスタートさせる。ハワイ島コナにてKeni Inoueと現地のメンバーと共にライブを行い好評を得る。コナにてKeniと共に飛び入り参加して好評を得る。2010年 ”INOUE OHANA”の新作アイランドレゲエアルバム”Island Blend” をKeni Inoueと共に完成させ発表する。人気DJのGoerge CockleのFM番組”Island Music Serenade”で”INOUE OHANA”の”Island Blend”が全曲かかる。フラ&ハワイアンの大イベント”Aloha Yokohama Festival”に”INOUE OHANA”で出演。オアフ島のホノルルやハワイ島ヒロのラジオステーションに出演。ハワイ島のKAUにできた新しいラジオステーションで”INOUE OHANA”の”Island Blend”が連日オンエアーされる。作詞作曲、歌、ウクレレプレイヤーそして”INOUE OHANA”の中心メンバーとして精力的に音楽活動中。

Keni Inoue/Profile
2001年 沖縄在住でハワイで亡くなった海の幸のメンバー”どんと”の追悼盤 “Rainbow Island”のハワイ&沖縄録音にメンバーとして参加。2005年 妻であり同じ”海の幸”のメンバーであったKathieとユニット”Kathie& Keni Inoue”を結成し、アルバム”Voyage to Paradise”をVivid Soundより発表。7月、フジロックフェスティバルに出演する。2007年 自身ソロ名義2枚目である、ギターインストルメンタルアルバム “Guitar Oasis”を秋に発売する。インターFMのDJ、Vance Kの番組で”Guitar Oasis”がかかる。2008年 “Guitar Oasis”のプロモーションツアーを全国的に行う。2009年 “Aloha Yokohama Festival”に出演。新ユニット”INOUE OHANA”のレコーディングをスタートさせる。ハワイ島コナにて現地のメンバーと共に”INOUE OHANA”でのライブを行い好評を得る。コナにて”Earie Cruz”のライブにKathieと共に飛び入り参加する。個人活動として古くからの友人Mooneyと、ホーギーカーマイケルのトリビュート盤”Horgy’s Back”を制作し発表。2010年 “INOUE OHANA”の新作アイランドレゲエアルバム”Isand Blend”を完成、発表する。日本のメンバーと共に”INOUE OHANA”関東&東北ツアーを行う。人気DJのGoerge CockleのFM番組”Island Music Serenade”で”INOUE OHANA”の”Island Blend”が全曲かかる。フラ&ハワイアンの大イベント”Aloha Yokohama Festival”に”INOUE OHANA”で出演。個人の活動として、ブレバタの岩沢二弓とシンガーソングライター増田俊郎とのユニット”2Uがれ”(ふゆがれ)のライブを東京&湘南で行い好評を得る。“INOUE OHANA”の中心メンバーとして、又いろいろなミュージシャンとのコラボなど精力的に音楽活動中。

黄昏ミュージックvol.87  ハロガロ/ノイ!

  2月末に集中的に体調を乱し、結果、予期せぬ見舞金を保険会社から初めて入金してもらったのだが、いつものようにこんな時に限って、3台のパソコンに不具合が起き、メイン機は最新に買い替え、更に、2台のノート型を修理に出すこととなった。
  コロナ以降久々となる、新横浜にある旧知のPC修理店にノートPCを持ち込み、当日修復対応してもらい、一旦、このトラブルは解決となったものの、見舞金の全てがこれで無くなってしまった。
 世の中、額に汗をかかずに稼いだ金は残らないものだ(手術中いくらかの汗はかいたはずなのだが…笑)
 さて、昨今のPC使いで驚愕しつつ新たに使用しているものにAIがある。
 筆者が日常使いで“AI”なるタームを使い出したきっかけはTVアニメ「攻殻機動隊」とお恥ずかしい限りの歴史なのだが、これと類似する驚愕の音楽体験、「電子音楽で踊る」を体感したのが、クラウトロックの重鎮、クラフトワークの最初期の重要人物、クラウス・ディンガー(ドラム)、ミヒャエル・ローター(ギター)が結成したノイ!の1972年のファーストアルバム「ノイ!」1stトラックに配した、今回フォーカスする「ハロガロ」。
 その後の彼らの代名詞となる、クラウス・ディンガーが叩き出すハンマービート(モータリック)が、このファーストトラックで既に完全に出来上がっていたのだから、身体は当然自然に揺れ出した。
 そして、この衝動は筆者の幻影ではなく、ミュンヘン・サウンドの大きな波を経て、デトロイト・テクノと云う骨太なダンスミュージック・シーンとして完全に定着するのである。(se)

黄昏ミュージックvol.86  春が来たから/RCサクセション

 前回の冬季限定に続き、今回は春季限定の選曲使用曲とした。
 今では本作収録のアルバム「初期のRC・サクセション」は和製アシッドフォークの名作とカテゴライズされるタイトルであるが、意外にも全曲アレンジを担当した穂口雄右(ex.アウト・キャスト)のワークはRCの3人(当時)には全く不評だったとのことだ。
 この当時のレコーディング現場は、例えジャンルがロックやフォークであろうと、アーティストの嗜好とプロダクトに大きな乖離がある場合が非常に多く、実際のところセールスのほとんどを占めていた歌謡曲の制作現場の流れをそのまま踏襲する時代だったのだろう。
 フォークからエレキへ後に移行する彼らだが、この時期のRCは、ディランのエレキ化のそれより、ティラノザウルス・レックスからT・REXへの変容、人材及び与算不足による不安定感からくるヨレヨレ度が逆にアシッド風味に拍車をかけていたように思う。
 ただ、早熟なデビューであった忌野清志郎のシンガー、コンポーザーとしての質は、この時点ですでに出来上がっていて、それ故のエヴァーグリーンであることも事実なのだ(se)