黄昏ミュージックvol.9 リターン・トゥ・イノセンス/エニグマ
黄昏ミュージックvol.9 リターン・トゥ・イノセンス/エニグマ
現在、ヒップ・ホップを中心にサンプリング技法は日常的に行われているが、もともとはアンビエント等と同様に、現代音楽サイドのミュージック・コンクレート等に出自を持つ技法であった。
最初期はサンプリングのみで構築されていたと云っても過言ではないヒップ・ホップとは別に、筆者がその秀逸なセンスに驚かされたのが、1979年の元カンのベーシスト、ホルガー・シューカイの楽曲「ペルシアン・ラブ」。短波ラジオから拾い上げたペルシャ古典音楽(歌手は多分ゴルパ)のサンプリングは、そのザラザラした音質と同様の、かの国の乾いた大地を連想させるに十分だった。
巡ること15年経た1994年、ホルガーの開いた音世界を更に推進するキラーチューンが登場する。
ルーマニア出身の鍵盤奏者、音楽プロデューサーのマイケル・クレトゥと、本国より日本のディスコ・フロアーでの人気が異常に高かった元アラベスクの歌姫サンドラ・アン・ラウアーを中心に結成されたエニグマの「リターン・トゥ・イノセンス」がそれだ。
サンプリングによる権利問題にまで発展したいわくつきの楽曲ではあるが、80年代後期以降、世界のダンスシーンを席巻していたイギリス:ブリストルから萌芽したグランド・ビートに交差する、台湾先住民アミ族の歌手、郭英男(Difang/ディーファン)の大陸以外の何者でもない朗々とした黄昏感たっぷりな唄いっぷりを大胆にサンプリングしたサウンドコラージュの斬新さは未だ色あせるものではない。
そうそう、急に思いだしたが、上記2曲の様なダンスビートではないが、現代音楽家ギャヴィン・ブライアーズがホームレスの歌声をサンプリングした「ジーザスズ・ブラッド・ネバー・フェイルド・ミー・イェト」も黄昏れたサンプリング繋がりの良質なアンビエント楽曲であることをせっかくなので付け加えておこう。(se)