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黄昏ミュージックvol.48 南国の夜/黒木憲

黄昏ミュージックvol.48 南国の夜/黒木憲

 当然であるが、大滝詠一さんはやはり凄い人で、ミュージシャンだけに留まらず、我が国の大衆音楽の研究家としても多くのラジオ番組を残している。中でも世界随一と言ってもいいユニークな異種交配音楽“ムード歌謡”に関する造詣はリスナーの探究心にも火を付ける程興味深いもので、このジャンル門外漢の筆者にも新たな知の扉を開いて頂いた。
 大瀧氏のロジックをお借りするならその萌芽には大作曲家、服部良一のブルース、ジャズへの傾倒、そして、もう一方の雄、古賀政男のギターミュージック、中でもスペインの大御所ギタリスト、アンドレス・セゴビアやアルゼンチンのアントニオ・シノポリ等ラテン音楽への傾倒が見逃せない。この芽を大きな大輪として咲かせたのがフランク永井、松尾和子、和田弘とマヒナスターズ等を配する作曲家、吉田正で、マヒナスターズでも明らかなようにハワイアンの大流行、そして来日し一大ブームを巻き起こしたトリオ・ロス・パンチョスのファルセットボイスを生かした美しいハーモニー、レキントンギターの絶妙なアンサンブルとここでも舶来品が一大トリガーとなったようだ。
 そんな道程を辿る中で発見した傑作が今回紹介する「南国の夜」。日野てる子、石原裕次郎、渚ゆう子、西田佐知子と多くの歌手にカバーされ、我が国ではマイナーチューン・ハワイアンの名作として認知されているようだが、実際は映画「トロピカル・ホリデイ」の挿入歌で、ニューオリンズ出身の女優ドロシー・ラムーアの歌唱がオリジナル、作曲はメキシコ人のアグスティン・ララ。やはりここでもラテンの無意識な導入が行こなわれている。
 さて、『霧にむせぶ夜』の大ヒットをもつ歌手、黒木憲ヴァージョン(作詞は和製ハワイアンのパイオニア大橋節夫)だが、こちらはジャズファンクなアレンジに大きく振り切っており、ビブラフォン、フルート、そして、かなり不協の領域に踏み込んだ強いテンションのピアノに、外連味たっぷりな黒木の艶っぽいボイスが重なり、これはもうアシットジャズと云ってもいい出来栄え。
 常套句としてよく使われる“早すぎた○○”なんてフレーズがあるが、これこそ正に早すぎた「アシッド・ムード歌謡」なのだ(se)
※音源の入手はまず不可能なので、現実的にはYouTubeでのご視聴をお勧めする。